日木山窯跡(史跡)(加治木町)[2006年11月05日(日)]

日木山窯跡

鹿児島県姶良郡加治木町日木山
精矛神社から東に進むと、日木山窯跡の看板があります。
その記載事項によると、精矛神社の社務所の付近、南向きの斜面に窯があったと言われ、この周辺に皿山の地名が残っています。
幕末の万延元年(1860)5月、加治木島津家によって、苗代川焼きから白欣圓ら陶工3人を指導者に招き、染付白磁を焼くために作られた連房式登窯です。
日本の磁器生産は、17世紀初頭、佐賀県有田町から始まります。加治木の磁器生産は、1680年頃、肥前地方以外では全国に先がけて反土棚目に山元窯が造られ、1786年には薩摩では最大規模の窯である弥勒窯が、木田弥勒に開窯しています。
この窯は、文久元年(1861)10月までの1年半の間に11回ほど使われましたが、やがて収支上経営に行き詰まり川内平佐から陶工や絵師4人を招き、請負制により経営の合理化を図ったいわれています。このため、苗代川、平佐両窯の陶工達の工房がそれぞれ設置されていました。
文久2年5月には新窯を築き、平佐焼の主取落右衛門の指導により順調な経営を続けましたが、明治4年(1871)の廃藩置県のため、加治木島津家の援助を失い廃止されました。
こおの製品を加治木郷土資料(明治44年)は「・・・その製品精巧にして大いに世の賞賛を博せり・・・」と評価しています。
その後、小山田の犬童英輔がこの窯で龍門司焼の焼造を試みましたが、西南の役などにより短期間で廃窯しました。
また、この周辺には、文禄・慶長の役の際、招来された朝鮮人陶工らによって築かれた「竜口坂窯」があると言われていますが、この窯は発見されていません。
2006.9.18
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