一之宮神社 鹿児島三社詣りを巡る@[2006年01月06日(金)]

一之宮神社
鹿児島市内最古の神社。
旧名 御代神社、一條宮(元禄)、郡元神社(明治初年)、今の名は昭和30年に復した

脇にも鳥居があります。
由緒 人皇第三十八代天智天皇の時(約1350年前)天智天皇の一之姫宮、現在の揖宿郡海門町鎮座枚聞神社(薩摩一之宮)の御分霊を供奉(ぐぶ・・・高貴な人のお供をすること)し、初め涙橋畔に奉祀(ほうし)されたが、その後現在地に移転されたと伝えられているそうです、
この神領は当時の72町(現在の郡元、鴨池、竹、田神、宇宿一帯)におよび、延命院(現在の中郡小学校)と共に、外厚く隆盛を極めたそうです。

一見普通に見えるが、数多くの台風をしのいできた社殿
【100年以上雨風をしのいだ社殿】
本社の骨格は明治30年(1895年)に建築され、100年以上建っています。
第二次世界大戦で鹿児島市内中心部は
焦土
と化しましたが、その中で現存するほぼ唯一の木造社殿なのだそう。
屋根は茅葺きから、瓦葺き(大正6年)に改められ、昭和45年に千木(ちぎ)、堅魚木(かつおぎ)を設置。
一見変哲もない社殿に見えるが、本殿の20センチ角の柱の切り口は、凹凸の多い自然医師の土台に見事に合わせてあり、他に類例の少ない堅固な建物なんだとか。
数多くの台風にも倒壊を免れた秘密がここにあり
。

力石と大東亜戦争の慰霊碑
【力試しの石〜力石〜】
明治、大正から昭和の初期にかけて、近郷の若者達が力試しに肩まで持ち上げ、互いに力量を競い合った
名残の石があります。その重さなんと、106キロ。
【樹齢600年以上と云われる樟樹が生い茂る】
鹿児島市民の環境をよくする条例第29条により、昭和49年3月20日。指定第2号をもって保存樹林に指定されました。
【弥生式住居跡 となりの原始人】
県指定史跡。
昭和25年に発見され、県民の話題をさらいました。南九州で初めての竪穴式住居発見という学術的な関心、2000年も昔の祖先が。地上下わずか1mのところに、その文化の痕跡を残していたという驚きです。
発見された住居は全部で4基、集会所と見られる円形住居跡は直径6m、遺構や遺物の保存状態も上場で、中心部に船形の炉、その周辺に土器、矢じり、石包丁等の石器も見つかったようです
。
弥生時代竪穴住居跡(県史跡)戦後の鹿児島県の考古学研究発展の基礎となった遺跡。、周りからも様々な史跡が発見されていることから、この付近が古代の鹿児島郡の中心地であった説もあります。
【大永の名号板碑】
県指定有形文化財。幅25cm、厚さ15cm、高さ90cmの板碑には、「大永五天 南無阿弥陀仏 道仲禅門」と書いてあります。
大永五年(1525年)に道仲がたてた塔婆で、同社別当寺延命院の遺物だと考えられているそうです。
DATA
TEL:099-254-0092
鹿児島県鹿児島市郡元2丁目4−27
御祭神 天照皇大神
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